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前身は秀英舎と日清印刷である。秀英舎が1876年10月9日に、日清印刷が1907年4月4日に創立したのがもとで、1935年2月26日合併し、大日本印刷となった。

秀英舎は佐久間貞一を中心に宏仏海、大内青巒、保田久成が共同出資して、活版での印刷会社として東京京橋の弥左衛門町に創立した。秀英とは、イギリスを越えて秀でるとの意である。佐久間が大教院の教会新聞発行を引継ぎ、その印刷のために活版所を買い取ったのが由来である。秀英舎は主に新聞印刷や、中村正直の「西国立志編」の活版による再版などに代表する書物の印刷会社として発展した。

その頃活字の供給は印刷局と築地活版のみが行っており、創立当初は活字を購入していたが、1881年、保田の創案のもと、字母(父型)を購入し活字の自家鋳造を開始、更に1882年、山下町に整文堂を設置、それを本格化させた。築地活版や印刷局の書体を受け継ぐ五号系統と、筆跡新しい初号系統のニ書体はここで形成された。明治30年代は中葉のことである。後に秀英体(秀英型とも。特に初号系統をいう)と呼ばれた書体群で、活版印刷減衰の後も、写植書体やディジタル・タイプとして覆刻され、また、大日本印刷の書体としてポイント制活字、ベントン母型を経ながらも使用され続けている。

もう一つの源流である日清印刷は東京専門学校(後の早稲田大学)の印刷所として創立した。しかし、一般の印刷も引き受けるようになり、1907年に会社組織をつくり、工場も設置したのである。創立に関わったのは高田早苗らであった。1913年のオフセット印刷など、積極的な技術開発も試みた。

そして1935年、両社は合併し、大日本印刷と名前を変えた。その後も日本精版(現・大阪工場)、弘益印刷(現・DNP中部)、北日本印刷(現・DNP北海道)などと合併して全国規模に拡大した。

2003年を以って、活版印刷からは撤退した。

昨今、各事業部の子会社化が進む。


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