1901年、光永星郎によって設立された「日本広告」を前身とする。1907年、やはり光永によって設立されたニュース通信社「日本電報通信社」と合併。1936年、国策によりニュース通信部門を同盟通信社に譲渡し、広告代理店専業となる。1947年に吉田秀雄が第4代社長に就任し、広告取引システムの近代化に努めた。社訓のように伝えられる「鬼十則」を作るなど、電通発展の礎を築いた。2001年11月30日に株式を上場した。
広告代理店として単体では世界で最大(グループとしては5位)の売り上げ規模であり、売上高は1兆4000億円を超える(2004年3月期決算による)。日本第2位の博報堂と比較しても、倍以上の売上高である。しかし、海外展開は欧米の大手広告グループと比べると非常に弱く、海外での認知度も低い。その為に、近年は欧米の広告グループとの提携に力を入れており、2000年には、アメリカ合衆国のレオ・バーネットなどと共に、広告会社グループbcom3を結成。2002年以降、フランスに本拠を置く世界的広告代理店ピュブリシス・グループと資本提携関係にある。
